2017-12-09

ミスミノリコさんの『繕う暮らし 展』はじまりました!

本日より、ディスプレイデザイナーであり、暮らしの装飾家
ミスミノリコさんによる『繕う暮らし 展』がはじまりました!

今日明日(12/9・10(土・日))の二日間、「お繕い」をテーマにした
ワークショップと相談室を開催します。


また店内では、当店のカゴをいろいろ選んでいただき、繕うシーンを
イメージしたディスプレイをしていただいています。


ワークショップの内容は「ダーニングマッシュルーム」と
「ニードルパンチ」を使った、ニットの繕い方。
参加者の方には、修繕が必要になった愛用のニットや靴下をお持ち
いただきました。

好きな色の毛糸を選ぶときはなごやかな雰囲気でしたが、針を使って繕う
段階に入ると、みなさん真剣な表情に。
もくもくと手を動かしていらっしゃいました。




ご両親の影響で、手を動かすことが好きだったというミスミさん。
大人になったいまでも「自分でやってみよう」をキーワードに、
毎日の暮らしを楽しくするような提案をし続けていらっしゃいます。

著書『繕う暮らし』の中で印象的だったのは、
「その方が重ねてきた日々のできごとに寄り添うお繕いをしたかった」
という言葉。

直しながら使っていくことで、愛着のあるものを育てていく。
生まれ変わった靴下やセーターを手にした参加者のみなさんの
嬉しそうな表情が、とても印象的なワークショップでした。


また、14:30~16:30の時間は「ちいさなお繕い相談室」を開設中。
お手持ちのお繕い予備軍について、ご気軽にご相談をいただけます。

なかなか無い貴重な機会です。ぜひお立ち寄りください!

2017-12-07

12/9-/10 ミスミノリコさんの「小さな繕い相談室」

今週末開催の12月のかごイチでは、今年出版されたミスミノリコさんの書籍
『繕う暮らし(主婦と生活社)』の出版記念イベントを12月9・10日(土・日)
の2日間で開催します。


両日ともに、14:30~16:30の時間帯は「小さな繕い相談室」を
開設しますので、お手持ちのお繕い予備軍(基本的にニット製品)を
お持ちください。
ミスミさんに直接ご相談いただき、お預かり & お繕いさせていただきます。


・お支払いについて :先払いにてお願いいたします。
・費用について:小さなお繕いで ¥3000くらいから。大きさと状態により
 金額はご相談になります。
・技法:ダーニングマッシュルーム、ニードルパンチ、刺繍など。
 『繕う暮らし』の書籍の中でご紹介している技法が中心になります。
   技法の組み合わせ、色使いなどのご提案をいたします。
・お引受け出来ないもの:
   着物やシルクなどデリケートな高級品。生地が擦り切れて弱っているもの。
 (上記以外にもお引受け出来ない場合がありますので、ご了承ください)
・期間について:
 お渡しは約2-3ヶ月後になります。お引き渡し方法は宅配便での着払い、
   もしくは当店店頭での受け渡しになります。

              【お繕いの例】


ご予約は不要ですので、どうぞお気軽にご相談ください!
(混み合う場合は順番にお引受けいたします)

みなさまのご来店をお待ちしております!

2017-11-24

映画「ある精肉店のはなし」 北出精肉店さんを訪ねてきました!

北国のかごの作り手さんたちから、雪の便りが届くころとなりました。
ここ国立でも、駅前から続くイチョウ並木がちょうど紅葉の見ごろを
迎えています。
早朝の大学通り

先週は、来月に当店で開催するイベントでの映画上映作品のひとつ
「ある精肉店のはなし」の舞台、大阪・貝塚市に行ってきました。

この映画は、現在当店と一緒に竹細工の職人さんを取材してくれている
ドキュメンタリー映画の監督、纐纈(はなぶさ)あやさんの代表作の
ひとつ。2013年の11月29日(いい肉の日)に上映をスタートしてから
これまでの間、自主上映会が500回以上、映画館も60を超え、
今も各地での上映が続いています。

その公開5年目への突入を記念して、先日11月19日に大阪市の人権
博物館で
上映会&リレートーク「話しのごちそう」が開催されると聞いて、
まずはこちらのイベントに出席。その後、貝塚市に向かいます。

会場入口には牛の像が

映画の舞台は、子牛から育ててきた牛をと場で解体し、
その肉をお客さまに手渡すまで、すべてを自分たちの手で
行ってきた大阪・貝塚市の「北出精肉店」さん。

自分のルーツと仕事に誇りをもち、差別や偏見から目をそらさずに、
まっすぐ向き合ってきた北出さんご一家の姿が、多くの方に感動を
与えてきたのだと思います。

この日の来場者は、すでにこの作品を観たという方がほとんどで、
中には10回以上観たという人も!
僕自身も数回目でしたが、見るたびに着目する視点が変わり、
あらたなことに気づかされます。


はじめてこの映画を観たときは、牛を解体する場面やこの土地で続いてきた
歴史や文化に圧倒されましたが、今回は7代続いてきた北出一家の物語として
映画を観ていました。
「はじめはこの地域からはやく出ていきたかったけれど、ずっと父の背中を
見て育ってきた中で、この仕事を受け継ぐことが自分の使命と思った」
という新司さんの言葉が、とても印象に残りました。


上映後は、纐纈監督と、映画に登場する北出新司さん・昭さんご兄弟、
写真家・本橋成一さんやと場の関係者、人権・部落解放運動に関わる
地元の方々など、13名の登壇者によるリレートークが行われました。
それぞれの立場の方々による内容の多様さと、随所にオチのある軽快な話
(大阪ならでは?)で、あっという間の3時間でした。


その後は、北出新司さんのご長男が経営されている居酒屋「ブッチャー」
さんで関係者による打ち上げ。もちろんお肉は、北出精肉店さんの目利き
によるもの。ほんとうにおいしかったです!

新鮮なホルモンの鉄板焼

そして翌日は、北出さんご家族にお世話になり、映画に登場した各所を
案内してもらったり、作品にまつわる色々なエピソードを直接聞かせて
もらうことができました。

 店の前を通学するこどもたちを
毎朝、澄子さんが見守ります

 新司さんの仕事も拝見


貝塚市営の屠場は、映画撮影の年(2012年)に閉鎖され、現在は
子供たちが遊べる空き地になっています。

屠畜場の跡地
獣魂碑


当初は映画出演の依頼を受けるどうか、家族内でも、地域全体としても、
とても悩んだそうですが、一年半に及ぶ撮影は、自分たち家族の仕事や
生き方をあらためて見つめ直すきっかけとなり、それをきっかけに
新たな活動が広がっていったそうです。
「人の意識を変えていくには、自分自身がまず変わらなくては。」
という新司さんの言葉に、今の自分にとっても多くの学ぶ点がありました。


地元の小学生たちが見学にやってきていました。
お肉屋さんを案内する昭さん。

この二日間の訪問を通して、見て・聞いたたくさんのこと。
来月の上映会では、少しでも現在の様子や北出家のみなさんのあたたかさを
お伝えできたらと思っています!


2017-11-16

千葉県匝瑳市「木積の箕」

こちらは二年前に訪問した、千葉県の匝瑳(そうさ)市の
「木積地区の箕づくり」にお邪魔した時の模様です。


「木積箕づくり保存会」では、毎月第一土曜日に会員の皆さんが
集まって作業をしてますが、一般の人も自由に体験、見学を
することができます。

この日は、箕の材料となる「フジ」と「シノダケ」を刈りに
山に入ると聞いて、はじめて参加させていただきました。

まずはじめに感じたのは、みなさんとても楽しそうに和気
あいあいな雰囲気であるということ。
箕づくりの技術の習得を目的にしつつも、会員のみなさんが定期的に
集まって、楽しく作業することを大切にしている印象をうけました。

まずは、フジの採取のため森の中へ。
木々に絡んでくねくねしたものではなく、できるだけまっすぐ
長いものを探すのですが、これがなかなか見つからず。
ベテランの方のあとをついて歩くのがやっとで、自分だけで
みつけることはできませんでした。



採取できたフジはすぐに土の中へ。
しばらく寝かせることで、樹皮や芯を取り出しやすくするのが
目的ですが、たまにどこに埋めたかわからなくなってしまうことも。
この日も、スコップで土を掘り起こしていたところ、以前埋めた
と思われるフジが数本発掘され、みんな大笑いしていました。


お昼休憩の後は、篠竹の採取へ。


道路沿いの斜面に群生している場所を見つけ、切り出す人、
運び出す人、結束して車に乗せる人など、それぞれ分業で
作業を行い、みるみるトラックの荷台がいっぱいになりました。


作業場まで運び入れると、すぐに竹を割って天日干しします。
竹を割る作業はやはりなかなかうまくいかず、いくつかの材料を
無駄にしてしまったのですが、そんなの当たり前という雰囲気で、
なんでも体験させていたけたのがうれしかったです。

笹の皮を採る作業

割いた竹は、縛って立てておくことで
乾燥がはやまります。

ここまでの今日一日の作業時間は約6時間。
思ったよりもあっという間の楽しい時間でした!

今回は材料を準備するまでの作業でしたが、早い人だと3か月
程度で一枚の箕を仕上げることができるのだそうです。

木積地区の箕づくりも、国の重要無形民俗文化財に指定されて
いますが、他の箕の産地と同様、需要の低下や価格の問題、
一枚の箕を製作するのにたいへんな労力がかかるなど、多くの
課題がありました。昭和の最盛期には、年間12万枚が出荷されて
いましたが、現在はわずか数十枚ほどの生産量の状況です。

しかし、参加されているみなさんの姿を見ていると、技術の継承を
目的にしているだけではなく、地域内外の人の交流や地域文化全体を
盛り上げる一つのツールとして「箕づくり」を捉えているような
印象を受けました。


埋めた場所を忘れないためのマーク


これまで何度か参加していたことのある知人が話していた
「居心地がいい」という言葉の意味がよくわかる訪問でした。

お世話になった皆さま、ありがとうございました!



富山県氷見市論田・熊無の「藤箕」

先日、東京文化財研究所で行われた「箕サミット」では、富山県
氷見市で「藤箕」づくりを行っている坂口忠範さんも実演されていました!


お会いするのが、約一年ぶり。
ちょうど昨年末、富山県氷見市論田・熊無の「藤箕」づくりを紹介する
冊子
づくりのために、現地を訪ねてきました。


「藤箕のなやみ」となづけた小冊子


そのとき、取材のためにお世話になったのが「藤箕づくり技術保存会」の会長である坂口忠範さんでした。
材料採りから素材の加工、箕の完成までを見学するため、坂口さんを
二日間を追いかけ、すべての行程を見学させていただきました。

藤箕の里、熊無・論田地区の棚田

「藤箕」の産地となる論田・熊無は、氷見市の西部に位置し、
石川県との県境に位置する二つの集落です。
この地での箕づくりは、
室町時代から
600年以上続いてきた長い歴史をもちます。

2012年にその技術的な価値が認められ、国の「重要無形民族文化財」に
指定されますが、その当時箕づくりを行っていたのはわずか数軒のみ。
70~90歳代の作り手が中心で、新たな
後継者もあらわれない現状から、
うれしいニュースであると同時に、今後の存続
に対する責任の重さも
感じたそうです。

「藤箕」の名は、フジヅル(藤の蔓)を挟み織っていることに由来。
フジの強い繊維を使用することから、軽量で耐久性に優れています。


持ち手部分には、ニセアカシア(またはヤマウルシ)を用い、叩いて
柔らかくしたフジとタケ(矢竹)を組み合わせたものが「平箕」と
よばれる本体部分となります。また、口先の部分が割れるのを防ぐため、
ヤマザクラの樹皮を補強に
使います。

まずは、この4つの素材を山から採取することが、とてもたいへんな
作業になりますが、この地域での箕づくりはすべて
工程を一人で行うのが
基本。分業は作業の効率化や専門性を活かす
ことができますが、
一名でもかけてしまうと箕づくりができなく
なってしまうことから、
古くから一戸ごとの生産を行ってきたと
いうことです。


坂口さんは会長になられたのは、一年ほど前から。
そのきっかけを伺ってみると、この地域で藤箕づくりができる
作り手さんが、いよいよ80代~90年歳代のご高齢となり、他に
箕づくりができそうな後継者がいないか探していたところ、
声を掛けられたのが坂口さんでした。



しかし、実際に坂口さんが箕づくりを体験していたのは、今から50年以上
前のこと。外で働きはじめる前に家業を手伝っていた10代の頃でした。
再び藤箕づくりに挑戦してみたところ、なんとまだその作り方を身体が
覚えていたの
そうです。

「本当は、藤箕づくりが大好きなわけじゃない。箕づくり以外のことも
したいけれど、この土地で600年の歴史がある箕づくりの伝統を次の代に
つなげられるまで、それまでなんとか会長の仕事をやるしかない。」
と語ってくれました。



そして、もう一つの大きな問題は「使い手」の減少です。

農家さんの減少や農業の機械化などにより、需要は激減してきています。
昭和のはじめから30年代後半まで、年間10万枚近い数を産出してきましたが、
現在、実用として必要とされているのはわずか100枚程度。
そのほとんどの注文は、地元からによるものではなく、北海道のジャガイモ
農家さん向けに
つくられているというのが実情です。

そこで取材を終えた後、坂口さんにお願いをしました。
昔ながらの農具としての存在に、藤箕の本来の価値と魅力があるのだと思いますが、その技術を存続するためにも、現代の暮らしに取り込めそうな
新しいものづくりを、今後の活動の一部に取り入れてもらうことが
できないか、相談させていただいたのでした。

お願いしたのは、箕の形をアレンジした「かご」の製作ですが、
その数週間後、なんとか試作品ができたよとの連絡がありました。


お店のカウンターで使っています。

想像以上の出来栄えに驚きつつ、試行錯誤してがんばってくれている
坂口さんの姿が浮かんできました。まだ量産できる状況ではありませんが、
できるだけお客様にも見ていただきながら感想をあつめ、完成品に
近づけられたらと思っています。

訪問した記事を担当させていただきました

今の暮らしにあうように変えすぎてしまっては、箕ではなくなってしまうし、
でもそのままでは存続していくのはむずかしい。そのバランス感覚が難しい
ところですが、これまでの伝統的な箕づくりとともに、これからの将来に
つながる可能性の一つとして、今後も取り組みを続けていきたいと思って
います。